差別ということをよくよく考えたら

それは性交によってしか招来できないのである
もとは被差別民じゃなかった人にとっては、差別は自分には来ないのであり、性交の結果たる子どもに来るのである
差別性交というのは帰責できないのであり、それ自体問題はないのだが、どういうわけかあとから差別が来るのである
ならばこれはよろしくないということになる
ところが、それを今更個人がいうことはタブーなのであり、被差別団体が差別問題を一手に引き受けつつも隠蔽工作も同時に行っており、しかも被差別子弟はかなり厚遇なのである
もちろん、要領が悪い人はそこからあぶれて一生砂を噛むことになるのである