2013-07-01から1ヶ月間の記事一覧

堕したほうが売れる

堕胎したほうがいいのである 堕胎した子に化粧して売り込めばそれなりに売れるはずなのである ところがぼくは本当に美しい子を生み出したい それは商品にはなりえないのである

江戸っ子について

江戸っ子についてぼくが思うのは 異様に幼稚なくせしてしたり顔で偉そうにするので まったおかしいということである ところがそういう人間ほど利用すれば得するものはなかろうというのも また事実であろう

一度児童文学を研究してみよう

亡びた者たちの文体

沈思

沈思の究極は 死してなお考えることではないか 死んでから考えられないような人間は ちゃんとしていないのではないか ならば試しに死んだほうがよいのか ぼくなどはこういうのんびりした論理展開で 死を試してみたくなるのだが 多くの自死作家はそうではなく…

作家と俗

どうも今いる作家を並べて眺めると どの作家にも俗を感じるのである 俗を感じさせる作家でありながら俗を書いていない気がする 俗を書かないのだから当然聖も書かないであろう おそらくかれらは、俗ではなく卑近を、聖ではなく遠聖を書いているのである なら…

散歩する女児

キャラもののサンダル鳴らしゆくおとめ肉の去来を予感せる音 手と足を振りに振りつつ時折に虚空に見せるうつろげな顔 はにかんでこぼれた歯と歯胸内に都会の毒はいつぞ入らん 父親の手引きあゆめるその足の音の先なるおとめ青空

共通体験なり共感なり、つまりは共同的何か

日本人特有の傾向がある それは一言で言って「共同」である ぼくはあらゆる作家は、「共同」リソースにただ乗りしてはいけないと思う ならばぼくは日本人を突き放さねばならぬ いきおい隔絶した人物を主人公にしてかれから体験を奪い取らねばならぬ だがそう…

左翼の足を引っ張るのは左翼

わかき恋心

ぼくの肉体にかつて宿っていた恋! それがもはや見いだせぬ 恋はうらみと悔恨にわかたれ ひたすら肉体の作用をにくむまでになったのである つまりぼくは人間をにくんでいる なんたる悲劇だろうか ぼくは救われたいのに!

日本再発見

日本をもっとミクロに見て 再発見せねばならぬ 日本は人にマクロで見るように強要して 過たせる どうやら日本は罠上手なのである 直感でとらえた日本はたぶんまちがいであり まちがわないためには実地に赴くことが必要ではないか だがその実地こそ妖怪じみた…

今の民意は

今の民意は駄々っ子のそれであり 手足を不随意に振り回すたびに 党員はあちこちで恐怖する

文学創作のむつかしさ

まず文体 それから展開方法や要素のブレンド まこと文学は人を選ぶ ほとんどの人には不可能である ある程度の悪質さを取り入れないと 為らんのかもしれん ぼくはいままで善の文学を目指しすぎたのである

なぜ民主党が滑落したか

おそらく、旧態依然とした左翼という枠を破れなかったからであろう 一言で言えば、ただの労組なのである 労組は後出しじゃんけんと度を越さない恫喝が専門であり、創造的ではない 民主党政権が長引くほど、ふるい左翼という馬脚があらわれてきた そのような…

おかしな話

毎度毎度笑顔の面々を見ていたら 本当は作家は幸福な職業のように思えてくる 実はそうではないはずなのである 自らつくりだした地獄において 死の舞踏を踊りきるはめになる それが作家であるはずである ところが昨今の作家というと 文体はつぎはぎか猿真似 …

おそらくこういうことだ

作家というのが潤滑油になりかわったのである 怖い人ではなく たまに読みたい人になったのである それはコミカル路線ということである 滑稽ということである 戯作ということである ということは、ある程度日本近代が成熟したということだろうか 日本近世が成…

だからそうやってたかをくくらせてやる気をなくさせるのである

それが日本という脱力機械のやりかたなのである これにどうやって対抗すればいいか おそらく、日本にいる以上はどうしようもない それくらい日本の空気は濃いのである ロンドンの濃霧と同じくらい濃いのである

読む行為

日常的だらだら読み つまり生活の線上にある読み それをただ繰り返すだけでは止揚はないわけである ところが日本では止揚はよしとされない よしとされるのはせいぜい改革である ぼくには文学の世界は合ってなくて実業のほうがいいかもしれない しかし実業と…

虚しさを感じさせるシステム

ぼくは日本においては、虚しさを感じさせるシステムが発達していると思う たとえば陸軍大学校あがりの参謀に対して、あらゆる一般軍人が虚しさを覚えなければならない それはほとんど強制される 現代でもたとえば、東大を出てない大学卒業生はときどき虚しさ…

虚しさというのが、個人主義的でもあるのである

個人として感じられる虚しさというものを日本現代社会はうまく利用しているようにも思える たとえば民族的悲哀であったりするのではない そういう虚しさではない 統計なり分類なりによって運ばれていった先での虚しさであろう 資本主義社会における虚しさは…

日本一書くのが

日本一書くのがうまい人たちが作家であるなら 日本一読むのがへたな人たちは 何者だろうか

うーむ

どうもいまいち よくわからないのである 文学とは文壇とは 形式とは文体とは プロタゴニストとはどうやって登場するのか 彼を作中から去らせるのか住まわせるのか 小休止を要する

デビュタント

でられない びゅんといかない たんと儲けられない

苦しい

この魔都で ぼくはかなりへこたれた ぼくは一度 自然を取り戻したいのである 呪われた呪いを 取り除くところからはじめねばならぬ

わかったのである

差別というのがひとつのウソであり 差別問題を扱うということは ウソに騙されるバカな子であり とてつもなく幼稚で脆弱な精神の持ち主だと思われているようなのである ところがぼくの文学的直感によると 差別問題こそぶち当たるべき最重要課題である

読む行為

読む行為が 排泄や性交と 同じ地平にあると思っている人が多いのである ぼくもそう思っているものの 読むことを聖なる行為と考えたくもある そのときに読むのはこの世の字ではなかろう

アナーキズムだけではだめ

アナーキズムから出発して、理想の国家建設まで至らねばならん ところが、国家はすでに建設済みなのであって、新しい国家を承認するための国際法はあるが、新しい国家を建設するための国際法は特にないのである 言ってみれば、すべての土地はいずれかの国の…

平々凡々

どうも 平々凡々というところが もっとも損しないことになっているのである ところがぼくが依然として目指すのは 非凡爆発である

古典文学を文法によって解釈するのもいいが

そこに現代からの古典文学支配という欲求が潜んでないか考えるべきだ ほとんどただどりしてきた文法学上の実績を踏まえての文法理解だろうが、はたしてその文法学者は一流の文学者だろうか? ひとつは、文学と他の何かの両立がきわめて難しいということかも…

宗教と国家承認

宗教というのが すべからく国家承認制なのがひとつの現代社会の典型的ありようである もっともデリケイトなものが もっともお役所的に処理されるのである 端的にいうと今の宗教は個別救済より団体救済が先にあるのであり ひとりひとりにさとすより集団にさと…