こまりん

小説をやろうとすると

さまざまな邪推やら 持ち上げやらこきおろしやらが わんさとやってきて 気の休まるときもなくなる気がする だけどぼくには小説くらいしか才能がなさそうなのである といってもその小説の才能もまだ開花はしてはおらん あるいは映画のほうがいいのだろうか ぼ…

ショックを受けた

なにかのボタンがかけちがえられていて 僕はどうやら引っ込むしかないようなのだが 引っ込み先がわからぬ これが引っ込み思案ということか

苦しい

この魔都で ぼくはかなりへこたれた ぼくは一度 自然を取り戻したいのである 呪われた呪いを 取り除くところからはじめねばならぬ

こういうことかもしれない

ぼくがちょっと在日が入っているので それにふさわしい下劣なものが必要である ところがそのようなものに数あたっても納得いくものがない いつもぼくを駆り立てて、終わってみれば前よりぼくを不幸にするものばかりである よってぼくはますます陰気になって…

ぼくは過去の二流作家に足止めをくらっているとも言える

つまり、彼らのやってきた数々の煮え切らない行為によって、いくぶんかは安心し、ぼくがわざわざ苦労して作品を上梓しなくてもよかろうということになるのである だってあんなに有名な作家ですらだめだったんだから、ということで わざわざぼくが達成しなく…

ぼくはこの2つができないのである

殺生と競争 これになるともうめまいがしてきて倒れるのである おそらくぼくはデリケイトなのである ゆえに慈善事業くらいをやるしか、たぶんないのであろう フィロンスラピストになるべきなのだろうか

山林修行はどうしてもしなくてはいけない

しかし選定や選別があってはいけないのである 原山林なるものを見つけないといけないのである ここにも難問があり、原山林が原風景のようなものであってもいけない 原風景というのは、ソクラテスの想起説から来ているものであろうから、簡単に前近代的で「日…

ぼくは女性に好かれないかもしれない

なぜなら、日本女性を鋭く糾弾するような文章をしこたま準備中だからである 彼女たちは、まんまと体制に組み込まれている 体制のみなら必ず瓦解するが、彼女たちがくっついていれば100年でも200年でも続くようになっている 日本という奇形国家の牙は女性にこ…

体調不良がすべての行動を鈍らせる

特に皮膚がおかしい すぐかさかさになるし あざみたいになる

いったい何が怖いのか?

ぼくは非常に怖がっているが 何が怖いのか おそらく 人々が僕より有器用だから 僕より多くの行為を為すだろうからだろうか しかし僕と人々は 時間を共有しているのであって 時間そのものの消費においては 等価値であるはずなのである となると次は 僕がより…

映画がきらいになってきた

ワーワーうるさいのである

映画監督になるといっても

映画業界に入る気などないのである 映画業界はビジネスだし、さまざまな利害がある 僕は牧歌的映画を撮りたいわけであって、金儲けがしたいわけではない

現実的に考えると僕はフィランスロピストになるのがよい

ところが、資本主義社会においてはあらゆるフィランスラピイにも資本が要るのである 僕は稼ぐ手段を持たぬ 僕は牧人であるのだ もちろん乞食などできぬ なんとか金を練りださねばならぬ

これから僕が勉強していったらどうなってしまうか

次は神学をやるはめになる これで三〇年はつぶれる これではダメなのである 僕の適性は現代であって、現代的なところでがんばらないといけない

やっぱりなかなか文学はむつかしいのかもしれんなあ

なぜなら ぼちぼちの才能を持っているこの僕ですら未だに作家になってないのである

経済の勉強をしてるんだがしょうもないことが多すぎる

一切人間の本質に迫れている気がしない しかし猫も杓子も経済経済だから僕も少しはわからないといかん

売りたくない

僕は本を書きたい気がせんでもないが 売れるとむかつきそうな気がする 売れると作家生活に入らないといけなくなる それはおそらくストレスフルである 僕の作品なぞは在日部落作品としか絶対に思われない またそれがヒットしそうなのがむかつき必定なのである…

僕は今まで許そうとしていてできなかった

それは許すことを勘違いしていたからである 留保つきで許そうとしていた それではだめだ 留保なしの許しでなければだめだ だが許すだけではだめであり 許しつつ怒ったり反対したりもできないとだめだ 最も油断ならん許しをしないとだめなのである

僕は書斎の人じゃないのかもしれない

じっと座って本を読んでいたらどうしてもイライラする 多動型の人かもしれない そしたら行動派の作家にならないとだめなんだけど ただ作家になるには本を書かないとだめだ 僕は今のところどんな本を書けばいいかよくわかっていない

僕はときどき僕の純情にたじろぐ

この純情を人前に披瀝すれば 必ずや人様に迷惑をかける ゆえに僕は隠し方を考えているところである 見つからないところに隠さねばならん となれば 黄泉の国というところにあたりはつけられるんであるが そこへのゆき方がわからんのである 僕の最もな懸念は …

焦りは確かにある

どいつもこいつも 文学をものして やりたい放題である 僕だって・・・ 僕だって・・・ だが焦ってはいかん 僕の文学はまだまだ よちよち歩きの前の段階である 育てねばならぬ もっとも育て方がわからんのだが

在日には飽きた

僕はとっくに在日には飽きている ところが飽きない連中は山ほどおるのである で、なぜ飽きないか考えたが、儲けがからんでいるから飽きない では、次の問題として、なぜ儲けることは飽きないのか考えないといけない 儲けることに飽きることは可能なのかどう…

疲れすぎて目も開けられないほどになった

社会が細分化しすぎてこれと特定できないし特定しても外れる部分があまりも大きくなる

こうなると、まず共通点を引っ張ってきて全体に敷衍させその上で話を展開させるという方法を採るのが上策である。 例えば性愛などはもっともやりやすい。 これが、憎悪となると、いまいち共通点となりにくいのである。 憎悪を共通点にすると、馬鹿じゃないの…

このまま書斎人になっていいものか

僕の資質を詩人に見るとすれば、日本的自然美を発見するために全国行脚に入らねばならぬ そのためには、一刻も早く放浪を始めないといけないのである このままちょっとした知識人で終わって詩人としての天分を腐らせていいのだろうか? しかしそれも勘違いか…

だいぶ参ってきた

とてつもない 負の感情が 雪崩や滝や台風や竜巻のように押し寄せ 僕は嗚咽しながら 叫びまわっているところである うわあ ひいい キャア ぎゃあ ひとつ思ったのは 非常にシビアーなことを考えようとする場合には 規則正しい生活というものが絶対に必要だとい…

僕が狂ったら大喜びして悪さをする人が結構おりそうなんだよ

だからおめおめと狂うことも許されん

よう考えたら漱石毎日30ページを3日サボっただけで精神はこれほどまでに荒廃した

漱石毎日30ページを復活させよう 張り合いがないとだめだ

だいたい、小説家になりたいかどうかというと

なりたくない気持ちも半分くらいあるのだ 嘘を言って金を儲けるというのはラケットであるという気持ちが消えない

分裂気質を活かした作風のほうがいいのだろうか、それともまともなほうがいいのか