宗教ギモン

社会学は宗教を込みと考えるのか

宗教を込みと考えるなら、宗教発生について考えなくてよくなる ところが新興宗教発生というのは非常に社会的な事象である 社会学者が当該新興宗教についてさまざまな要素をとりあげて学問的集中砲火したとしても、本来宗教を込みとして考えているのが社会学…

日本と欧米の汎神論のちがい

日本では汎神論というと目に入るモノすべてに神が宿るということになる 日本的汎神論は、モノが相手なのである しかも、「宿る」といって時間を前提にしたありようで神が介在しているとしているにもかかわらず、相手にするものは眼前にあるものだけである つ…

セオドア・パーカーがいう唯一神教

これは、世界宗教をあらわしているのだろうか? どの教会でも、教区民を相手にするのであって、その教会は支部である いわば、その宗教における地方対策となっている ところがセオドア・パーカーはそのような教会の機能を軽視する それよりも、信徒の底上げ…

宗教と国家承認

宗教というのが すべからく国家承認制なのがひとつの現代社会の典型的ありようである もっともデリケイトなものが もっともお役所的に処理されるのである 端的にいうと今の宗教は個別救済より団体救済が先にあるのであり ひとりひとりにさとすより集団にさと…

呪文は異教的か?

英語では、わけのわからぬ宗教的ことばはマンボジャンボというらしい 日本における密教で、呪句を唱えるとき、それは一般大衆からみたらマンボジャンボなのだろうか 密教というものが、そもそも理解を要求しておらず、むしろ理解を拒んでいることから、部外…

ジャイナ教は苦行ということに焦点が当たりがちだが

実は山林修行というところのほうが重要かもしれぬ

山林信仰と多数派

山林信仰というのが ひょっとしたら日本の国土には山が割合的に大きくて七割近くは山なので 山林信仰になったのかもしれないのである つまり多数派によりかかりたい 半分以上によりかかりたいという意識だったのかもしれないのである たとえば漁師村であれば…

近代天皇制は便宜という面がある

宗教と政治の問題を棚上げするために天皇制を持ち出すということもある そこからもちろん様々な問題が生まれるが、特定宗教が支配的になるよりはマシという考えなのである そういう面もあるということ

感受性の高さと信仰の篤さは両立するのか?

どうも、信仰の篤さが成り立つためには、感受性が低めで安定飛行でないとだめなような気がする いちいち激情に駆られる信仰者がありえるのか? 熱心党というのがあったらしいが、彼らの信仰もまともな信仰と思っていいのだろうか たとえば現代においてはイス…

キリスト教の特徴の一つとしていつでも異端にしちゃえるということがある

聖書というものがあり、誰でも聖書を読んでいるのに、異端にしちゃえるということはどういうことか? 解釈が違えば異端になりうる しかし、聖書における解釈が一様ではないと言えるのはなぜか そういう議論がなぜ許されるかがわからない 聖書が文献学の対象…

国家神道の何が問題だったか

神道というのは、国家守護をむねとするようだが、 実際に守護行為をやるかというとそうではなくて、 祈りなどによる鎮護が守護の方式であるようだ また、神道は、危険にさらされると、オポチュニズムに陥る 具体的には、行動停止はもちろんのこと、思考停止…

キリスト教のほうが日本教(仮にこう言う)よりもましな点があまりにも多い

なので、この社会にはキリスト教から目を逸らすための装置がたくさんある。 その最たるものがアメリカ攻めにするということである。 ところが日本人がアメリカを理解するかというと、実は理解しにくいのである。 なので、アメリカを低劣化して、加工して、お…

女で仏門に入るのは女に対する裏切りだろうか

それをやることで、他の愛に迷妄する女たちが馬鹿みたいになってしまう 昔だと、高貴な女が制度上、慣習上の理由で仏門に入ったりする そうなると下々の女はぐうの音も出なくなる だからこそ女が仏門に入ることはいいのである(体制側としても) たとえば、…

メイクラブと仏教

仏教がやるのは、デストロイラブである 愛がいかに悪質で人をだましやく容易に道を誤らせるか、を教えている そういう仏教を誰が嫌いになるかというと、女性だろう 愛を剥奪されたら、女性はやることがなくなってしまい、途方に暮れることになる であるから…

「あなたがたの敵を愛しなさい」

キリスト教のわかりやすい標語のひとつであるこれは、敵を敵と認識することを改めなさいとは言っていない 敵は敵なのだ 敵を味方と誤認識するようなことはありえないという考えがあるだろう 敵を敵だとする認識を誤らず、敵だとわかりながら許容度を上げなさ…

仏教が性交に大反対しているという場合に

それが普遍の真理だから許されるというよりも 仏教が言ってるから許されるという ことになっているようだ 仏教の教えはこうだからいいんだ そうではないはずである 普遍の真理がこうだからいいんだ とならないとおかしい それとも最初から仏教は 棲み分けを…

日本のキリスト教が婚姻に踏み込まなかったのはなぜか

信徒を大勢集めて大々的に婚姻をやったという話を聞いたことがない キリシタン地区ではやったのかもしれんが しかし踏み絵以降は大々的にはやれなかったのかな しかし現代であっても、日本におけるキリスト教の結婚式で祝祭的色彩はさほどない。 むしろ、厳…

キリスト教には新興宗教という面がある

免罪符について

免罪符がなぜまかり通ったか。 おそらく、教会側は、「金は卑俗で下劣なものだから、多少出させても構わないだろう」と思ってやったのではないか。 背景には、余分に金をため込んでいる人がかなり増えてきたということがあるのだろう。 しかし、その結果、宗…

「重い皮膚病の人は清められ」

「重い皮膚病の人は清められ」と聖書にある。 ハンセン病のことが浮かんだ。 なぜ日本人がハンセン病をあれほど毛嫌いしたか。 なんらかの文化的下心があったのだろうとは思っていたが、こういうことかもしれない。 欧米の宗教によって汚いとされたものは、…

異教の神をキリスト教化するということ

Christianized version of earlier Pagan gods どこかのwikiで見た いっぽう日本は現人神がいると言った この違いは大きい。 - 「現人神がいる」と言ったあとに「人間宣言」をしたということは 人間に仲間入りしたということなのか それとも 人間が疎外され…

神職者の全体に占める割合

全員が神職者になればいいのではないか? ところが、それでは国家として成り立たないようなのだ。 宗教と国家はかならず一つにはなれない性質がある。 宗教が国家を凌駕するだけではなく、国家を埋没させることはありえないらしい。 なぜか。

怠惰(sloth)

怠惰は七つの大罪のうちのひとつである。 何かしようとしたら、他の六つの大罪に引っかかる。 かといって何もしなければ怠惰になってしまうから結局ダメである。 キリスト教が要求することを達成するのは非常に難しい。 ほとんど無理である・・・

在日の牧師見習いと握手をしたが・・・

かれの手は、華奢な外見と違って、とてもごつごつしていて男らしかったのだった。 反対に僕の手は柔らかすぎたのだ。 「これはやわらかすぎますよ」とかれに言われたのだ。 ショックを受けた。 僕の手はだめだ。 かれの手は、ごつごつしていて、野球などをや…

アダムとエバ追放の話

「知恵の木の実を食べて、なぜ恥ずかしくなったのですか?」 と私は在日の牧師見習いに聞いた。 そうすると彼は、「相手の裸を見て性欲に気づいたからです」といった。 「フロイトによれば無知な幼児でも性欲はあるのです。いい大人のからだをしたアダムとイ…

踊念仏ということ

どうやら、その、一遍というのが踊念仏をはじめたというのは、 踊るというのが、この大差別国家である日本に対する反対「運動」だったのではないかと最近思うようになった。 反対「運動」の「運動」の部分が、身体運動だったのだ。 そしてそれは、念仏と連動…

金持ちが天国に行くのはらくだが針の穴を通るより難しいという話

このテイゼがどういうことをうむかと言うと、 金持ちの追認になっている。 らくだがらくだでなくなることは難しい。らくだはらくだである。 そのらくだの存在の自明性と金持ちのそれの自明性が同列に語られている。 本質的には、天国はあんまり関係ない気が…

免罪符

免罪符というのは、免罪符を発行しても、他の宗教団体が「うちは免罪符なしでも救われますよ」と 言い出さない状況になったから発行したんじゃないかな。 つまりは、免罪符発行団体が支配的であり全盛になっている。 支配が完了し全盛になればかならず凋落す…