オーストラリアのあるみつばち研究者の反朝鮮姿勢について

ヴァロワ・デストラクターというのの発祥が朝鮮半島だと言った話を思い出していた。
環境映画祭で見た「みつばちのブルース」の話。
これはおそらく、朝鮮半島だと決めつけることはできないのだと思う。
データが複数あって、朝鮮半島からヴァロワ・デストラクターが出てきたといえるデータもあった、というところだろう。
限定や特定はおそらくできていないのだ。
ダニの厳密な年代記などが果たして可能だろうか。
なぜ朝鮮発祥ならいいかというと、中国発祥としたら未来の大国に失礼になる。
日本発祥としたら経済的な問題があるので、回りまわって発表者の今後の境遇が悪くなる可能性がある。
朝鮮、しかも北朝鮮、ということにすれば、ほらみろ、っていうことになる。
波風が立たない。
こういうのはもっとありそうだ。
計算が働くということだ。
世界情勢をみて、バランスがいいところに恣意的にデータをピックアップして結論付けるということ。
こういうことがもしあるとして、そこからさらに問題が見えてくる。
では、研究者が恣意的だとして、恣意的でないのは何か。
フルアクセサビリティーを実現しているネット知識、なのである。
端的にいえばウィキペディア、およびグーグル検索、である。
グーグル検索というのはグローバル民主主義だから正しいということになる。
経済がグローバル化しているのではなく、民主主義がグローバル化しているのかもしれぬ。
個人のこだわりや地域の伝統は関係ないわけだ。
ネット知識は、仮想の世界民主主義国家の公平な広義のアクセス民による投票活動によって承認決定されているということになってる。
ここがかなりグロテスクなのだ。
さしあたって問題なのは、ここには文学が入り込む余地がないのではないだろうか。
ネット知識が研究者よりも公平で正しいということになれば、研究の意味がなくなる。
意外に奇妙な状況だ。
みながなだれをうったように検索して、「正しい」知識が流通するというのはどうなのだろう。
その「正しさ」の理由が、検索する主体および検索する行為そのものなのである。