自殺した作家の損得勘定

どうやら死んだほうがいいことも多いことは確実なのである
鋭敏な作家や詩人にとって
生きて空気に触れることですら
致命的なのであって
かれらには命はあってないようなものなのである
しかし僕は変に思うのだが
自殺した作家なり詩人に
うまいことシンパシーを示すことができる人がいないのである
死ねばもう
埒外になるというか
死んだら問題外というくらいの扱いになるのだろう
それはつまりその人の作品がその人の命に帰属していて
そうやってはじめて効力を発するという日本式文学作法があるようなのである
海外では作品はどうやら独立しているようであるのだが
日本では作家と作品はべったりくっついていて
これを引き剥がそうとするとなにかが裂けて
いろいろよくないものが噴き出るようである
ということは
日本はまだ文学未開の地である
ところが文学じたいは歴史が長いので
文学通だと日本人は思い込む
ところが近代文学となるとまたべつものである
近代文学は日本ではまだ未開である
僕は村上春樹にはじゃっかん懐疑的だが
彼でも最先端であることはたしかである
それくらい遅れているということである