市民的放射能がない

放射能に市民性がほとんどないことに気づいた。
核の平和利用は、高度に専門的というより高度に危険なので、投票行為以外にはほとんどアマチュアである市民には任せられないようである。
市民が投票によって意見をころころ変えている間にも核分裂は止まらないわけで、本質的に言って民主主義と核とは折り合いがつきにくいのだ。
だからこそ商機があるとも言える。
しかも、一部の層に限定的に多大な利益が見込める。