Why would God choose to take this little boy from us?Why? I cant give you an answer to that question.

欧米の牧師は、自分で問いかけて、「わからない」と答えることが多い気がする。
欧米において大事なことは問いかけであり、答えることではないようだ。
いっぽう、日本においては大事なことは問わないことである。
しかしこれを一言で言うとして、それは無問ではない。不問である。
不問といったばあい、問題に対して実は優位な姿勢をとっている。
「不問に付する」といったとき、「いくらでも問題にできるが、あえて見逃してやるから問わないでやる」というような態度である。
実は、問わないということは問題に対して真摯であるわけではないのかもしれない。
そして、えてして問わない人たちは、問われていない問いに対して次々と「答え」を出していくのである。
しかし問題は、そのような傲慢な姿勢を日本の文化が一般にやんわりと押し付けていることであると思わされがちであるということなのかもしれぬ。