なぜ夏目漱石の小説において自殺した人間は、小説の中で死んだあとに霊としてあらわれないのか

近代化によって霊がいなくなったということか
そうではなくて、霊をいなくさせるというところに日本近代が働いていくということかもしれぬ
むしろ、「先生」の先生の霊が語り始める小説があったら面白いかもしれぬ

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だけど、文学においては、形式として擬古文があったりもするし、怪異小説というようなジャンルがあったりもする。
泉鏡花という作家がいるらしく、この人の作品には霊が出るらしい。
最近だと、江國なんとかとかいう女作家の作品で霊が出たとか出ないとか聞いたことがある。
わたしはさいきんdyslexia気味なのでとても読む気はしないが。