体の変調と精神の失調

僕の体はもう
いよいよおかしいようだ
骨が無手勝流に組み直され血管はあべこべにバイパスされたみたいなのである
息をすれば息が止まり
歩けば足は埋もれそうになる
腹の中には無数の寄生虫がいるような気がするし
精子の一本一本にヒトラーかマリーアントワネットがいる気がするのである
僕に新しく欠けたのは自己同定感であろう!
今まで僕の精神がうまくかろうじて滔々と活躍できていたのは
この僕の体や肉体や骨々がうまく機能していたからに違いない
今からは僕は僕の体が順調だという仮定をもって
つまり仮想の体を得たものとして
精神を活動させねばなるまい
ところでひるがえって
体が極めて不調だった詩人もいたのであり
言うまでもなく正岡子規である
かれは身体不健康において随一である
かれは身体不健康を全面的に宣伝していたという意味で
かなりモダンであるといえよう
それを恥ずかしげもなくやったわけである!
これはどういう趣味だろうか?
ひとつの自己に対する謙遜だろうか、そうともいえよう
だがそれよりも、これほど素晴らしい詩才が世にも馬鹿な病態によって損じられるという
ありえない悲喜劇を世に示し問題提起しているのである
たしかにそれは悲喜劇だ!
こういう態度は他の作家にも見られたのであり
島崎藤村は自分の性欲が発露せしめられたことに対して憤り
おのが性欲の客体に対して文壇を通じて鋭い非難を浴びせたのである