創作

母とちさきものたち (掌編)

その母は、冬のある日、上野の某通りの路上に横たわっていたのである。雪とも雨とも別のつかぬ、ただひたすらに冷たいものが各人に降りそそいでいたとき、それはたしかにその母にも積もっていた。母はたらちねを出し、横になるとも仰向けになるとも言えない…

「チックと海」(第ニ回)

つぎに僕はにおいについて考えたのである。においというものはにおい物質があって、その物質が鼻に付着した時に感ずるものらしい。ならばにおいを感ずるには漂うべき大気が必要ということになる。大気なくしてにおいなし。人間的地平、これはおよそ地上2メ…

「チックと海」(第一回)

その日は海が荒れていたので、僕は起きてすぐ海の近くまで行ったのである。昨日は恋人たちや家族たちでにぎわっていた海辺は木々のかけらやなんらかの粒やわかめの死骸などでてんやわんやになっていた。そして砂浜で踊ることのできる肉体は僕のものだけであ…

えいたろうとシゲキチと美代 1

「驚きましたよね」 「びーっくりした」 「本当に驚いたよ」 ぶよぶよした金魚が尻を振った。尻の先には提灯のような排泄物が連なっている。

(ど真ん中の一行だけ書く練習)

よくよく考えてみたところが、この今見下ろしているむき出しの性器を持つ女を、愛しているなどとは到底思えないのであり、かれにとってはデザアブモアと感じられることであり、一連のオブシインな行為が誰かによって不断に引き算されているように感じ、かれ…

(風景描写を書く練習)

そして朝の日がかれらを照らしたわけだが、そのひかりは若い彼女のうぶげをそばだたせ、その虹彩に淡くきらめくいろどりを添えた、そのいろどりを、弥七はかわいいと思った、守らないとだめだと思った、だが弥七は世間的には間男であり、間男であった。

『ある日のエモリーヌ』(出だし練習)

かれのことを村人たちは、それ、と言ったり、あの女のこども、と言ったり、陰気くさいちびのせむしと言ったり、村の風になじむように、言っていたのである。

『夏の散歩』

(どうしたものか、この疎らな世界というやつは) 思わず心から声が出た。透き通った光ときらめきが、鈍く重い。ちょちょぎれる蝉たちの声色が生命力を感じさせるとともに、眠ったまま出てこないずくの蛹たちを思い浮かべさせ、そこから半狂乱のように地面を…

或中年Y一日奮闘記 (6)

「ふんふんそうですか。それでその二人というのは今どこに?」 僕は聞いた。 「それはあなたが受諾してもらったらお話します。なにしろプライベートなことですし人身が関わっておりますからね。容易に部外者に話せるようなことではございませんので」 しきり…

或中年Y一日奮闘記 (5)

「この封筒はわたしどもの純粋な善意から来ておりまして、あなたへの尊敬のあらわれのひとつでして、なんら見返りを求めるものではありませんので、お納めください」 そうやってドアーの向こうにいるであろう「見知った男」は、かなりゆるやかなおじぎをした…

或中年Y一日奮闘記 (2)

「ううむ、あのオヤジめ」 ユリは舌打ちをした。オヤジの臭いからだをしゃぶって、ひっぱたいて、蹴りあげて、それでたった5万であった。これは、ユリ的にはミステイクであった。 さっそくアイフォンをぐりぐりする。オヤジのケツアナに対する2倍のヤサシ…

或中年Y一日奮闘記 (3)

「恐ろしい淫夢を見たもんだ」Yは恐ろしくなった。このような身も蓋もない会話を、花も恥らう十代の乙女がしようはずもないのである。このような、卑俗な、わいせつな、人をくった夢を見たことを戒めるために、Yは瞑想することにした。 瞑想の中で、彼は天…

或中年Y一日奮闘記 (1)

「どうしたって僕は資本家はいやだし資本家のラッキイがやっているようなものはやだよ」 そう言ってYはおならをした。それとともに便意がやってきたようなので、Yはそそくさとおトイレに行って用を足してみたりしたのである。 「出たけど変なのが今日は出…

妄念を抱く少年 その2

「それにしたって日本はしずかになったな」 彼は首をかしげながらつぶやいた。 「どいつもこいつも綺麗事しか言わない。日本国民の皆さんたちが異常に従順になってる気がしないか? きっと関東大震災後もそうだったのかしら」 誰に言うでもなくアニメのポス…

半狂半人独白シリーズ その1:流されやすい人々 

「彼らはまんまと流された!」 少し震えかけた声で、彼はつぶやいた。 「テレヴィで見たぞ。あの大波小波の波までくるくる回っていたに違いない。それにしても放送コードというものは! ペテン師ども! 狂ってないピエロもどきどもが! 家に帰ったら札束をに…

妄念を抱く少年 その1

「あの女が! ついに! やっぱり!」 僕は喉の奥がカッと熱くなる気がした。と同時に少し眩暈(めまい)がした。英語で言うとヂズィーな状態になったのである。 「ああ、いつかはやると思った。それはそうだ。動じることなんてない。そうかやっぱり、あれも…

老師とミチロウ その1

その男は、中年で・・・あるいは壮年か・・・ 老人とも言えそうななり、風体、風采。 ただし風格などなかった。 あるのは臭いにおいと黄色くなった歯とふけと何かで固まった髪と、目のよどみと。 およそまともな年を取った人ではなかった。 その男を私は風呂…

「恋の棘 〜The thorn of love〜」 (恋愛小説)

「ごらん、ここが僕たちがはじめて逢った湖だよ」 ぼくはボートの上でミヨに告げた。ひっそりと。 「変わってませんよね。自然って。カッコウが由緒ありげに鳴いてますね」 ミヨは目を閉じて口を軽く開けて聞き入っている。 「ふくろうもだ」 ぼくはにっこり…

「(未定)」 (4)

僕は階段を登っていった。なかなか険しい階段で、登るのには骨が折れた。登っている間にはさまざまな小さな虫を見た。空中庭園はそれ自体アパートから締め切られているが、階段から庭園へは二つの戸でつながっていて、裏口の戸には下に隙間があって虫が降り…

「(未定)」 (3)

アパートの前で考える。市民とは何者だろう。僕ではないと思うが、どうやら法は僕を国民とみなすと同時に、市民と考えうべきとも言外にほのめかしているとも思える。ではツバルやブエノスアイレスの人間たちはどうか? ブエノスアイレスはどうも市民と言える…

「(未定)」 (1)

僕は自由に飛び回り続けていたので、そこらにある少し遠くて高くて昇れないところにでもすぐに飛んで行った。そこには庵とアパートが併せて建っていた。そこのアパートはアパートと言うには豪華であったが、どこまで分を伸ばしていってもマンションにはなれ…

「(未定)」 (2)

夕立が来た。ざーっという雨とぱらぱらという雨が交互に入り混じっているようだった。しかし物理的にいうと同じ空から降る雨は同じ勢い同じ大きさ同じ質になろうとするのは必然である。それは空が固定されているからであろう。地人午睡。僕は昼寝をした。そ…